『「吉田沙保里を破ったアメリカ人の感動エピソードはデマ」はデマ』はデマ?
情報が錯綜している女子レスリングの吉田沙保里選手とヘレン・マルーリス選手のエピソードについて、流れを追って整理してみました。
「吉田沙保里とマルーリスの感動秘話」騒動の経緯
リオ五輪女子レスリング53kg級の決勝戦後、ツイッターなどで「吉田沙保里とマルーリスの感動秘話」というツイートが話題に。
内容にいくつかのバリエーションがあるものの、問題になったのは「マルーリス選手の両親がレスリングを辞めさせようとした12歳の頃、アテネで吉田選手が金を獲り、それによって両親は娘に競技を続けることを許可した」系のもの。
吉田沙保里を破った選手を「アメリカの選手」なんて言わずに、ちゃんとヘレン・マルーリスって覚えてあげようよ。聞くところだと、12歳のときに吉田沙保里を観て憧れ、両親の反対を押し切って吉田との対戦をしたいためにここまでやって来たんだと。スポコン漫画みたいなストーリーだよこれ
— kulotowa (@kulotowa) 2016年8月18日
これに対し、「アテネ五輪で吉田選手の優勝を見てレスリングを続けた」というソースはなく、ネット上にも見当たらない、と指摘するブログが登場。
面白そうな記事あり〼
— はてなブログ (@hatenablog) 2016年8月19日
吉田沙保里を破ったアメリカ人の感動エピソードはデマ - 覚悟のススメhttps://t.co/H8VOqutKwc
via https://t.co/OiTbXVVm9N pic.twitter.com/vqFfQ2GOBF
しかし、Twitterなどを中心に「テレビで実況アナが実際言っていた」という反論を浴び、しばらくして該当のブログは非公開状態に。
これが「誤りを認めて逃げた」扱いとなり、「デマではなかった」と認定されることになりました。
ニュースサイトの「ねとらぼ」も、『「吉田沙保里を破ったアメリカ人の感動エピソードはデマ」はデマ』という手厳しい見出しではてなブログの内容を否定しています。
本当の話でした
— ねとらぼ (@itm_nlab) 2016年8月19日
「吉田沙保里を破ったアメリカ人の感動エピソードはデマ」はデマ テレビでNHKの実況が紹介していた - ねとらぼ https://t.co/WA1auCwL10 @itm_nlabから pic.twitter.com/6GbJjS3JUT
実況アナウンサーはなんと言っていた?
本当にマルーリス選手はアテネ五輪での吉田選手の金メダル獲得がきっかけでレスリングを続けられたのか?
実際、アナウンサーが紹介したエピソードは次の通り。(ねとらぼより引用)
ヘレン・マルーリス24歳。アテネオリンピック、吉田沙保里の優勝のそのシーンをテレビで見ていました。いつか自分はその頂きへ。(中略)かつては、レスリングを止めようかと思った。両親の説得がありました。2004年。吉田沙保里が優勝したアテネ。その種目に採用されて両親は種目を、このレスリングを続けることを許可しました。
これは選手の入場時にアナウンサーが紹介したもので、gorin.jpのビデオ映像でも確認できます。
感動秘話の元になった箇所はこの部分だと思われます。
かつては、レスリングを止めようかと思った。両親の説得がありました。2004年。吉田沙保里が優勝したアテネ。その種目に採用されて両親は種目を、このレスリングを続けることを許可しました。
どう解釈するのが妥当か
よく読むとわかりますが、マルーリス選手の両親がレスリングを許可したのは、アテネ五輪で女子レスリングが正式種目に採用されたからであって、吉田選手の金メダル獲得が影響したかどうかは、この話からは窺えません。
この場面でアナウンサーが「吉田沙保里が優勝したアテネ」と発言したのは、あくまでアテネ五輪女子レスリングの補足説明にすぎないのです。
bizzfeedにも同様に、12歳の時のエピソードが紹介されていました。
こちらでも、単に女子レスリングがアテネ五輪で正式採用されたことが競技を続けられた理由と紹介されています。
マルーリス選手は吉田選手を憧れの選手と公言しており、この時の金メダル獲得が両親のレスリング許可の要因になった可能性は大いにありますが、それは憶測の域を出ず、それをあたかも直接の理由のように取り上げるのは不適切だといえます。
つまり、Tweetされていた感動秘話は不正確なもので、それを(言い方はきついですが)デマと断じたブログは正しかったのです。
そもそも、「アテネ五輪で正式種目に採用された」タイミングは「吉田選手がアテネで金を獲得」よりもずっと前ですよね。
吉田沙保里の偉大さを、ヘレン・マルーリス側から描いてみました。#オリンピック #レスリング #吉田沙保里 #HelenMaroulis pic.twitter.com/ILLN0UF9GL
— 石岡ショウエイ 石岡琉衣@4コマ日々更新 (@necole_kidman) 2016年8月19日
騒動はなぜ起きた?
いくつかの原因があって、騒動につながったと考えます。
- 実況アナがマルーリス選手の幼少期のエピソードの中に「吉田選手の金獲得」という言葉を入れたため誤解が生じた
- 「2004年:マルーリスが競技をやめさせられそうだった」「時期不明:吉田選手にあこがれていた」という本来別々のタイミングと思われるエピソードが混線し、ひとつの物語になってしまった
- 元々のはてなブログを否定する人たちの大部分が、その記事が伝えていた指摘ポイントを十分理解していなかった。
- 元々のはてなブログの記事が「ネットで見当たらない」ことを否定の根拠としていたため、それに対する反感が募った(「ネットだけが事実だと思うな!」「ネットにない情報もある!」)。
- ニュースサイト「ねとらぼ」まで尻馬に乗ってしまい、「実況アナが言っていた」というデマを広めてしまった(2900RT超え)
結果的に、「吉田選手がアテネで優勝したことで12歳のマルーリス選手がレスリングを続けられた」という解釈は誤りで、実況アナウンサーの発言も、きちんと聞けばそのような意図でないことは分かるものでした。
しかし、アナウンサーの発言内容を把握しないまま、「アナウンサーが吉田とマルーリスのエピソードを紹介していたらしい」という部分だけが広がってしまい、それがいつしか「テレビで言っていたのだから間違いない」となり、デマ扱いしたブログに批判が集中し、圧殺してしまったように思います。
デマ呼ばわりしたブログをデマ呼ばわりで返すという構図の面白さが、批判に勢いをつけてしまった感もあります。
さいごに
必死になって否定するようなことでもないのですが、元々の間違いを指摘したブロガーさんがデマを振りまいたように扱われているのは気の毒なので、こんなエントリを作成しました。
吉田選手の功績について異を唱えるつもりもございません。
このエントリを踏まえ、デマだったのはどちらかをご再考いただければ幸いです。